日本画家・柳樂晃里モバイルHP&ブログ(島根県安来市)

島根県安来市在住の日本画家・柳樂晃里(なぎらこうり)NAGIRA KOURIです。たたら製鉄や日本刀などのテーマを中心に描いています。

日本画家・柳樂晃里 (Nagira kouri)


主テーマは「たたら製鉄」ですが、花鳥・生物・風景も私の大切な題材です。
;私にとって絵を描くことは、ご飯を頂くことや働くこと、眠ることと同じ様に、
ごく普通のこととして、私の日常の生活の中にあるもので、
出会った物事への感動や発見や感謝を綴った、いわば日記の様なものです。
私は、ありのまま自然体で、日本画の枠にとらわれずに
しかしながら日本画の持つ繊細さや奥行き、空気の流れを大切に
様々な表現を楽しみたいと制作を続けています。

柳樂香里・月ー奥出雲たたら場の遠景
作品「月ー奥出雲たたら場の遠景」


最新活動情報
 2018年4月 一般社団法人「アートシップインターナショナル」に入会しました


「きょうだいで楽しいことしています展覧会」

2019年4月26日〜4月29日 ギャラリー百花堂(鳥取県米子市)
くわしくはこちらをご覧ください。

「ジャポニスム2018参加アーティストによる日仏国際交流展」

(Japonismesジャポニスム2018参加記念)
2019年4月16日~4月29日
今夏にフランスで開催の「KOKORO JAPON展」PART1およびPART2(独立行政法人・国際交流基金主催Japonismesジャポニスム2018参加企画認定イベント)に出品したメンバーおよび一般アーティストによる展覧会を開催します。
会場は2017年11月~12月に理事長・ 長尾周二が個展を開催した香川県高松市の「大西・アオイ記念館」で行います。
チラシ表(拡大画面)
チラシウラ(拡大画面)

会場:大西・アオイ記念館

〒761-0302 
香川県 高松市 上林町148番地
(県立図書館および香川大学工学部近く)
 (087)880-7888

※ご参考:
大西・アオイ記念館(大西・アオイ記念財団ホームページ)
記念館ブログ
Japonismes ジャポニスム2018公式サイト
Japan Expo 公式サイト(日本語公式ホームページ)

ふるさと山陰風物詩・人・自然・文化・歴史

ブログネタ
日本画家・柳樂晃里のたたら製鉄や霊峰大山など山陰文化探訪 に参加中!
画家・柳樂晃里190622広瀬和紙1
今日は、絵描き用の和紙を分けて頂こうと、広瀬和紙の工房へお伺いしました。
山陰は、出雲和紙、石州和紙、因州和紙など、手漉き和紙が伝統の特産品で現在でも沢山の工房が有り、それぞれに特色のある美しい和紙を手漉きしています。

広瀬和紙もそのひとつで、100%天然の素材(三椏・楮・雁皮)の繊維を溶かし、三椏、楮、雁皮の質の美を生かし、一枚一枚手漉きの純粋な和紙制作をされています。

ここの和紙は風合いが素朴でしっかりしていて、筆運びがとても良く、良い加減に絵の具を吸い込んでくれるので、とても描きやすいです。絵の具のにじみの加減も、材料のミツマタやコウゾの配分でいくらでも調整が出来るそうですし、紙の厚さも薄さも思いのままに制作して頂けます。

手作業の為、大量生産は出来ませんが、相談をすると精一杯工夫して下さいます。手仕事だからこそ出来る職人さんの温かい技です。

また、この地方は「たたら製鉄」も盛んであった為、山の水は鉄気を多く含んでいて、漉き上がったばかりの和紙は薄い褐色をしているのが特徴です。
そこのところも、「たたら」をメインテーマとしている私にとっては魅力的に思えるところです。
画家・柳樂晃里190622広瀬和紙2
画家・柳樂晃里190622広瀬和紙3
画家・柳樂晃里190622広瀬和紙4
画家・柳樂晃里190622広瀬和紙5
広瀬和紙の工房は、安来市広瀬町下山佐の深い山の中にあります。
最初の看板から山道をどこどこと車で走ること走ること・・・一本道のはずなのに、もしかして道に迷ったのでは?と思うほど走ると、やっと小さな集落に辿り着きました。
画家・柳樂晃里190622広瀬和紙6
山水が川と成って流れるその辺に工房はあります。
画家・柳樂晃里190622広瀬和紙7
画家・柳樂晃里190622広瀬和紙8
いま、ちょうど材料が煮上がったところで、ほぐしながらゴミなどを取り除く作業をしていらっしゃいました。傍らでは若いお弟子さんが和紙を漉いていらっしゃいました。根気と体力の要る大変な仕事です。
長く使い込まれた工房は、手漉き和紙独特の匂いが沁み込んでいます。
画家・柳樂晃里190622広瀬和紙9
画家・柳樂晃里190622広瀬和紙・和紙の色は鉄気の色
先ずは一杯お茶を頂きながら、この工房の主の長島さんの和紙制作への味わい深いお話を聞かせて頂きました。もうじき米寿を迎えられるそうですが、決して変えてはならないところと、改革していくべきところの見極めが肝心なところなのだと、まるで少年のような瞳でにこにこと話して下さいました。
顔に刻まれたしわや、指の節々に経験の深さが刻まれています。
気取りが無く愉快な長島さんですが、制作姿勢はめっちゃ男前の職人さんです。
画家・柳樂晃里190622広瀬和紙・和紙自然乾燥中
一枚一枚丹精された和紙ですから、大切に使わせて頂きます。

帰り道で、マタタビの樹が沢山あることに気が付きました。さすが山奥です。
日本画家・柳樂晃里190622広瀬和紙・マタタビ1
日本画家・柳樂晃里190622広瀬和紙・マタタビ2

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日本画家・柳樂晃里のたたら製鉄や霊峰大山など山陰文化探訪 に参加中!
日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田1
6月12日(水)今日は、妹夫婦と三人で奥出雲の鳥上工場へ、先般の展覧会へ遠路お越し頂いた御礼にお伺いしました。
日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田2
世界で唯一現在でも「たたら操業」が行われている工場です。
この時期は次のたたら操業に向けての準備や、先般の操業で出来た鉧やノロや窯土などの分析、たたら研究をされる先生方との研究会や講演会など、とてもお忙しいところ時間を割いて頂き、村下さんはじめ方々と近しく楽しくお話をさせて頂き、心豊かな時間を過ごさせて頂きました。

また毎年夏休みには、地元の小学校で6年生を中心に村下さん直々の指導の下、「たたら体験学習」が毎年行われています。
村下さんは「ここにしかない伝統技術と培われてきた物造りの精神性、和の力を体験し学ぶことで、山間の田舎町ですので、この地に残る子は少ないですが、どこの土地で生きても、故郷での貴重な体験学習がそれぞれの人生を切り開く力となるように、祈りを込めて一生懸命に学びの手伝いをさせて貰っている」とおっしゃっていました。
村下さんは、いつお会いしても背筋がしゃんと伸びていて、気遣いの深い方で、いつも学ばせて頂いています。
日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田5
お昼は、稲田神社の境内に在るそば処「ゆかり庵」で、美味しいお蕎麦を頂きました。
日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田3日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田4
風情豊かなお店の縁側の軒下には、姫路の由緒ある甲冑師「明珍家」の御当主が甲冑造りの技術を活かし考案され生み出された風鈴が涼やかに揺れておりました。さすが!鍛えられた鋼の風鈴は、いつどこで聞いても妙なる音色です。
日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田6
勿論、稲田神社へお詣りしました。ここは稲田姫誕生の地との事。深い木立の中、清々しい空気に包まれたきもちの良いところでした。
日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田7日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田8日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田9
さて、せっかく奥出雲まで来たので、砂鉄採取のための鉄穴流しで造られた棚田を散策に行きました。
日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田10
この棚田は砂鉄を採取するために切り崩された山の跡地をほったらかしにせずに、時間をかけて水田に開拓して、手を掛けて稲を育てました。この棚田は、土地を活かし、自然を循環させ、人と自然とが共存共栄していく理想の実証ではないでしょうか?
日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田11
日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田12
日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田13
更に、先人たちは、やみくもに山の全てを切り崩したわけではありません。奉られている神社や祠、また先祖の墓所、など敬うべき大切なところは手を付けずに残しました。それがところどころ残丘として、今でも水田の中に昔の風情を溶け込ませています。
日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田14
日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田15
日本画家・柳樂晃里190612奥出雲の棚田16
与えて頂いたからには、その恩恵に感謝し、より良い形で報いるのは当たり前のことですよね。
先人たちの賢さ、知恵の深さ、やさしさを少しでも学びたいものよと思います。

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日本画家・柳樂晃里のたたら製鉄や霊峰大山など山陰文化探訪 に参加中!
画家・柳樂晃里190604安来の田園風景1
安来には、どこまでも続く長閑な田園地帯があります。
田植えが終わった後の涼やかで穏やかな景色と初夏の空、耕耘機やトラクターの走る田んぼ道。これって地味ですが一番大事な絶景だと私はおもうんだけどなあ。
画家・柳樂晃里190604安来の田園風景2画家・柳樂晃里190604安来の田園風景3
画家・柳樂晃里190604安来の田園風景4
画家・柳樂晃里190604安来の田園風景5
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日本画家・柳樂晃里のたたら製鉄や霊峰大山など山陰文化探訪 に参加中!
ホーランエンヤは島根県松江市に伝わる日本三大船神事のひとつで、松江城の城山稲荷神社式年幸祭の五穀豊穣を祈願する10年に一度の祭事です。
「豊来栄弥」あるいは「宝来遠弥」の字が当てられます。

本年令和元年は、正にその神事の年に当たり、地元では随分前から楽しみに盛り上がっています。
中には神事の船団が行く大橋川沿いの旅館やホテルを一年前から予約して、楽しみにしていらっしゃる方も大勢いらっしゃるそうです。

私は、テレビで中継を見ていました。
やはり、テレビの前で自然と畏まっていました。

ホーランエンヤは、370年の歴史があります。
起源は、1648年天候不順で凶作が予想された為、松平家初代藩主が五穀豊穣を願い、城山稲荷神社の社司を業務していた阿太加夜神社(あだかやじんじゃ)の神主・松岡兵庫頭(まつおかひょうごのかみ)に命じ、城内に祭られた城山稲荷神社の御神霊を、阿太加夜神社へ船で渡御させ奉り祈願し、見事祈願成就したことに始まります。それ以神幸祭(ホーランエンヤ)が行われることになったそうです。

ホーランエンヤは松江市城山稲荷神社から御神輿を船団で松江市東出雲町の阿太加夜神社へお運びする「渡御際」と、阿太加夜神社本殿にお迎えし舞を奉納大祈祷の「中日際」、再び船団で城山稲荷神社へ御神輿をお送りする「還御際」から成り、およそ10日間をかけて、五大地と呼ばれる大海崎、馬潟、福富、矢田、大井の地域の人々が一同に集まり、色とりどりの装飾をされた櫂伝馬船を漕ぎ出すこと、その総数100隻に及び、大橋川から意宇川にかけて勇壮華麗で壮大な水上絵巻が繰り広げられます。
中でも、歌舞伎を模した豪奢な衣装で揺れる船上の最先端で舞う「剣櫂」と最後尾で舞う「采振り」は、このお祭りの花形!息をのむ美しさです。更に一糸乱れぬ各船団の櫂の動きの美しさも必見!見どころです。
漕ぎ手と踊り手の強い信頼関係があってこそ成り立つものと感動します。

テレビ中継では、本番の華やかさばかりではなく、五大地の皆さんの一年前からの準備の様子や、日ごと夜ごとの厳しい練習の様子、伝統を守り繋げていこうとする熱い思いを紹介されていて、本番を迎えるまでの素晴らしい努力と裏方さんの偉大な力を知ることが出来、更に感動的でした。
ホーランエンヤは全て口伝で受け継がれ、370年の昔から今日まで続いています。口伝でなければ伝わらないものというところが、実は一番大切なところなのではないでしょうか?

参考
ホーランエンヤ公式ホームページ

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女流日本画家・柳樂晃里の活動日記 に参加中!
日本画家・柳樂晃里1904071レンゲ畑
安来は能義平野の中にあって、米造り発祥の地とのいわれのあるところで、さすがに田んぼは多いです。

しかしながら、私が子供の頃には春になると田んぼはレンゲの花盛りだったのですが、いまではレンゲの花をほとんど見なくなりました。昔は稲刈りの後にレンゲの種を蒔いてレンゲを育て、そのレンゲも一緒に耕すことで、レンゲを肥しにしたのですが、今では化学も流通も発展して違う肥料が使われるようになったようです。
日本画家・柳樂晃里1904072レンゲ畑
ところが、見つけました!レンゲ畑!9号線からちょっと入った農村地帯に!
レンゲ畑の向こうには、小さな鎮守の杜もあってお伽噺が始まりそうな風景でした。

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女流日本画家・柳樂晃里の活動日記 に参加中!
日本画家・柳樂晃里1904051社日山の桜
桜の季節。
日本画家・柳樂晃里1904052社日山の桜
安来には安来節に唄われたさくらの名所があります。
社日山「しゃにっつぁん」と地元住民は呼び親しんでいます。
町中の小山で、誰でも楽に散策出来ます。
夜には沢山のボンボリがともり、夜桜を楽しむ人もあります。

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日本画家・柳樂晃里のたたら製鉄や霊峰大山など山陰文化探訪 に参加中!
日本画家・柳樂晃里181216出雲織1b
日本画家・柳樂晃里181216出雲織2

16日(日)安来市の文化福祉チャリティ「文化協会まつり」で美しいお着物をお召しの素敵なご婦人にお会いしました。そのお着物は、「青戸由美恵さんが織られた本絣の正藍染出雲織」
綿から糸を紡ぎ、美しい文様が織り上がるように細かく何千カ所も糸をくくり、藍で糸を染め、ひとはたひとはた手を掛け、心を掛けて織り上げられた安来伝統の逸品です。
日本画家・柳樂晃里181216出雲織3
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島根県民芸協会創立者の太田直行氏が出雲織に寄せられた一文を紹介します。

「出雲織と青戸由美恵
明治、大正頃まで、山陰の出雲は九州の筑後と共に、正藍手織絣の代表的産地であり、当時の出雲では、機織りが嫁入り前の必須科目だったので、殆どの家で機の音が聞かれた。しかしその後、機械織と化学染料の発達にともなって、手織絣は絶滅するかと思われたが、近年伝統美の再認識と復古ブームとによって、再び興隆の機運を迎えるに至ったことは誠に欣ばしい。青戸由美恵さんは、手機織の環境に生まれて、幼児から機織が大好きだから今でも家事と子女の育英に追われながらも機を織り続けており、本絣(縦横絣)の織手としてはその右に出る者が無い。のみならず独特の色彩感覚で染め上げる草木染めは、正藍染めととけ合って誠に美しい。
しかもなお日夜研究と改善を続けて芸域の拡大に努力している。私は彼女こそ、山陰地方における興隆を双肩に荷う第一人者だとして限りない期待を寄せるものである。」
日本画家・柳樂晃里181216出雲織4
手間を掛けたものは、使うほどに美しく愛おしい宝となり、人の心を豊かにしてくれるのではないでしょうか?
現在、出雲絣は青戸由美恵さんの息子さんご夫妻が、由美恵さんの思いや技術を受け継がれ、そしてお孫さんもまた同じ道の継承を選択されて、日々研鑽を重ねていらっしゃいます。白鳥の飛来地でもある能義平野の工房では、その技術を習得せんと、若い方々が全国各地からお見えになって、一生懸命に励んでいらっしゃいます。

実は、この出雲織の青戸君ですが同級生なのであります。体格のいい濃いめの風貌の男子ですが、彼の生み出す作品は実に繊細で美しく温かみがあります。お母様の思いを継いで、素晴らしい作品を生み出すとともに、次世代への継承に尽力されています。

やさしい柔らかい手織りの美しい愛おしい作品が、機織りの音とともに生まれています。

下の写真は出雲織の工房の写真です。
なかなか田舎の風情があります。
日本画家・柳樂晃里181216出雲織工房6
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日本画家・柳樂晃里のたたら製鉄や霊峰大山など山陰文化探訪 に参加中!
日本画家・柳樂晃里181202林原美術館1
12月2日(日)岡山の林原美術館へ「お守り刀展覧会」を鑑賞に出かけました。
林原美術館は立派な門を構えた風情のある美術館で、岡山城の御堀端烏城通りにあります。
お守り刀展覧会は、本年で13回目。2年前までは長船刀剣博物館で催されていましたが、昨年から林原美術館で開催されています。私は、長船の時代から毎年楽しみに鑑賞させて頂いております。今のところ皆勤賞です。
日本画家・柳樂晃里181202林原美術館2
日本刀の世界は分業制で、刀鍛冶さんを始め、鞘師さん、塗り師さん、柄巻師さん、白金師さん、金工細工師さん、など沢山の職方さんたちから成っています。お守り刀展覧会は刀身だけではなく、そうした沢山の職方さんの手仕事も合わせて鑑賞できる展覧会ですので、細部にまで気を配られた職人さんの丁寧な仕事を拝見出来て、とても見応えがあります。
日本画家・柳樂晃里181202林原美術館3
今年は、以前からの存知よりの刀匠さん方の美しい作品に混じり、次の世代を担う若い刀匠さん方の作品が、とても印象的でした。熱を感じるというか、気持ちか高揚してドキドキするような、でも清々しく輝いているような、拝見するものを惹きこみ魅了し、応援せざるおえなくなるような素晴らしい展覧会でした。
日本画家・柳樂晃里181202林原美術館4
その日は、今回第一席を受賞された月山刀匠の初講演も拝聴させて頂きました。まだお若い刀匠さんですが、芯のある清々しい御方で、次の世代が着実に育っていることに感嘆致しました。日本の素晴らしい技術・文化を受け継いで更に研鑽を積まれて、益々大きくなって頂きたいと期待する次第です。
日本画家・柳樂晃里181202林原美術館5
林原美術館では、会期期間中毎週、対談があったり、講演会、鑑賞会、銘切実演等、様々な企画を催されています。どの企画も魅力的で、毎週参加したいくらいです。お近くの方、興味のある方は是非、足を運んでみてください。

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日本画家・柳樂晃里のたたら製鉄や霊峰大山など山陰文化探訪 に参加中!
日本画家・柳樂晃里181101お茶処1
松江藩の御膝元の地域では、ほんとによくお茶を飲みます。
町屋でも農家でも漁師さんも、お金持ちもそうでなくても、「お茶を点てる」は暮らしの中に在ってあたりまえのことで、10時と3時にお茶を飲み、誰か来たらお茶を出します。
普通の家の我が家ですが、戸棚の中には、いつも綺麗な和菓子がありました。見た目が綺麗なだけではなくて、お菓子には季節に因んだ洒落た名前がついています。「若草」「初雁」「紫式部」「月夜」「姫万菊」etc・・
日本画家・柳樂晃里181101お茶処2
私の祖母は、いつもきちんと着物を着ていて、動作も落ち着いてしとやかな人で、お茶の点て方も入れ方もゆったりとしていました。その祖母に「朝茶には外れるものではない」と教えられ、朝は必ずお茶を頂いてから出かけます。また「一杯茶はいけないから・・・」ということで、お抹茶は2服、御煎茶も最低2杯は頂きます。そういう風に祖母に躾けられ、そういう環境で育ったので、私は何の疑問もなくおりましたが、どうやらこの地方特有らしいということが、最近になって分り始めました。

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日本画家・柳樂晃里のたたら製鉄や霊峰大山など山陰文化探訪 に参加中!
日本画家・柳樂晃里181101大名茶人1
今年は、茶人で名高い御殿様不味公没後200年にあたり、全国あちこちで様々な展覧会、催し事が行われています。不味公は、松江藩七代目城主松平治郷公で、号を「不味」と称され、風流を嗜まれた御殿様です。
日本画家・柳樂晃里181101大名茶人2
※画像はクリックすると拡大画像がご覧になれます。
当時の松江藩は大変困窮しておりまして、不味公の茶の湯には反論もあったようですが、ところがこの茶の湯の世界を藩の産業へと結びつけ、現代へ引き継がれているという偉大な功績を残された御殿様で、今でもこの地方では藩中興の祖として尊敬と親しみを込めて「不味公さん」と呼んでいます。
不味公はまた、茶道具の名品を兎集し後世に伝えるべく記録・管理し、保護・伝承に尽力した御殿様で、これも現代行われようとしている美術品保護・伝承の先駆者的存在として注目されています。
さて、茶の湯といえば、お茶碗が要ります。花入れも要れば、茶釜も必要です。
また、茶菓子も欲しいです。
日本画家・柳樂晃里181101大名茶人3
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不味公は、兎集した名品を惜しげもなく職人に貸出し、研究させ腕を磨かせたそうです。自らも案を出し、寸法を記した設計図を職人に与え、産業として成り立つように尽力したとも伝え聞きます。そうした努力が後世になって、民芸運動家の柳宗悦、陶芸家のバーナード・リーチとの縁を結ぶことにも繋がったのだと思います。
未だ不味公さんの風流の世界の息づく松江には、美味いお茶に季節感あふれる美しいお菓子、陶芸、木工、八雲塗、出雲蕎麦におもてなしの心遣いなど、すばらしいものが溢れています。

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日本画家・柳樂晃里のたたら製鉄や霊峰大山など山陰文化探訪 に参加中!
日本画家・柳樂晃里181101神在月1
出雲地方では、旧暦の10月を「神在月」と称します。
全国の神様がご縁結びの話し合いをなされるために、出雲へお集まりになるからで、他所では神無月と称しますが、この出雲地方だけ特別に「神在月」と称すのです。
日本画家・柳樂晃里181101神在月2
※画像はクリックすると拡大画像がご覧になれます。
神在月の出雲地方では、あちこちの神社で神迎えに向けた神事や行事が厳かに行われます。11月17日に行われる出雲大社の神迎え祭は、その代表的な神事です。
なんといっても、全国から八百万の神様がお越しになりますから、神様がお通りになる際のお邪魔にならないように、御話合いのお邪魔にならないように、この時期ばかりは出雲の民人は全て、神事以外の歌舞音曲を慎み、外出も控えて静かにしているのが習わしです。
日本画家・柳樂晃里181101神在月3
※画像はクリックすると拡大画像がご覧になれます。
私がまだ小さい頃、この時期になると祖母は話をするのも小声で話していたのを覚えています。
中には、お通りになる神様の為に、玄関に御餅や御札を貼ったりする風習のあるところもあるそうです。
私の住む安来には、神在月には立ち入ってはならない山があります。神様がお立ち寄りになってご休憩されるのだそうです。
現在は、そういう風習も知る人が少なくなりました。
それどころか、神在月に便乗しての賑やかなイベントなどが催されたりするのですから、はてさてどんなものでしょうか?

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日本画家・柳樂晃里のたたら製鉄や霊峰大山など山陰文化探訪 に参加中!
日本画家・柳樂晃里1808011
米子市美術館へ「大山山麓の至宝~大山ゆかりの刀を中心に~」展を拝見に行ってきました。
受付でチケットを購入したら、受付のお姉さんに「御刀は2階ですよ!」と声をかけられてビックリしました。
私はそんなに御刀欲しそうに見えたのかしらん??

展示は1階2階合わせて4部屋、見応えがありました。特に銅造十一面観音立像さまは約30㎝足らずの小さくて華奢な仏様ですが、柔らかな線と穏やかな表情が趣深く印象に残りました。
変わったところでは、天狗の爪、鬼の牙、牛玉など、大山の伝説に因んだ不思議なものもありました。
日本画家・柳樂晃里1808012
さて、この地域ではたたら製鉄が盛んで、こうした背景の下、平安時代には反りのある日本刀としては日本最古級の名匠として知られる刀工・安綱を輩出しました。童子切安綱です。
今回は安綱の太刀を中心に、伯耆所縁の御刀や拵を展示してあり、古の伝承に思いを馳せながら堪能して参りました。
大山山麓にも鬼伝説はありますので、大江山の伝説に纏わる御刀を安綱が造ったのには不思議な因縁を感じます。
また、別室にはたたらと刀剣制作工程の展示と一緒に、現代の名匠「月山貞一刀匠」「隅谷正峯刀匠」の映像も放映されていて、お二方の作刀姿勢に感銘を受け、しっかりと学ばせて頂きました。

帰りに、また受付のお姉さんに「また来て下さいね!」と声を掛けられてビックリしました。

8月26日(日)までです。
水曜日休館日です
日本画家・柳樂晃里1808013

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日本画家・柳樂晃里のたたら製鉄や霊峰大山など山陰文化探訪 に参加中!
日本画家・柳樂晃里1807041
大山には沢山の谷と登り道があって、どの道を登ってもそれぞれに美しい景色を見せてくれます。ブナ林もあれば牧場もあり、伝説を持つ池もあれば滝もあり、日本海を望める展望台は星も夜景も美しいです。大山はどこにいても、不思議と気持ちの良くなる山です。

そんな大山を、今回は真正面の観光道路から大山寺へ向かって車を走らせました。大山が近くに大きく見えるようになるにしたがって、アクセルを踏む足に力が入ります。一見ゆるそうに見えても中々の勾配です。初夏の大山は枝を伸ばした樹木からの木漏れ日が心地良く、その木漏れ日に誘われるように右折して、やや南西側の伯耆町から溝口町の方へ降りることにしました。
溝口の方面には、広い田畑が段々を成して広がっており、恵みの雄大さを感じます。さて、その恵みは作物だけではありません。この溝口には鬼が住んでいたという伝説があります。大山を降りたところの鬼住山という小高い山に住んでいたということらしいのですが、実はこの鬼は古代からの製鉄法「たたら」と深く関わりのある鬼という解釈もあります。
実際に、この大山から西へ日南・日野町、安来市伯太・広瀬町、奥出雲町、雲南市から広島県庄原市・三次市と中国山地は良質な砂鉄に恵まれた土地で、「野たたら」が盛んに行われていました。今でもこの界隈の田畑からは鉄やノロ(たたら操業時に出る不純物)の付着した土の塊が出てきます。野たたらの跡地も至る所にあり、保存されているところもあります。
日本画家・柳樂晃里1807042
さて、この「たたら製鉄」ですが、強靭な体力・気力・知力が必要です。山を崩して砂鉄を採取し、樹を切って炭を焼き、土をこねて炉を作り、炉に焼いた炭を燃やしてかなりの高温で砂鉄を溶かし、不純物を流して鋼の塊を作ります。淡々と言葉を並べるのは容易いですが、実際にこの作業を行うには、確かに鬼と見間違うほどの強靭さが必要であることは容易に想像できます。この鬼伝説の鬼たちは、たたら製鉄の技術を持った特殊な部族のことを、恐れではなく敬意を示す畏れとして言い伝えたのではないでしょうか?
やがて、たたら製鉄は産業として集合体で行われるようになり、そうなると大量の炭が必要となります。中国山脈には炭となる樹木にも恵まれ、製鉄の条件を十分に満たしていました。ということで中国山脈内には「毛無山」という名前の山がいくつかあります。今は樹がちゃんと生えていますが、大量の炭を焼くために一時的に伐採され丸坊主にされたからだと聞いたことがあります。
けれど、ここで重要なのは先人たちは、木を切った後には必ず植樹をして樹を育て、上手く循環させ、自然界への礼を尽くしていたということです。砂鉄採取の為に切り崩した山の斜面は、田畑として開墾し荒らしたままにはしませんでした。奥出雲にある美しい棚田は砂鉄採取の跡地です。仁多米はあまりにも有名です。

溝口の高速バス乗り場には、可愛い鬼の電話ボックスと〇〇〇があります。

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日本画家・柳樂晃里のたたら製鉄や霊峰大山など山陰文化探訪 に参加中!
日本画家・柳樂晃里180703
山陰の霊峰「大山」は標高1729M、本年開山1300年を迎えました。
西側中海方面からの姿を表大山と呼び、その美しい稜線から伯耆富士と称されます。
しかしながら、大山は修験道の霊山。西側からの穏やかな一面の向こう側には、生半可なものを寄せ付けない厳しい顔も持ち合わせています。南壁、北壁、東側からの雄々しい姿は正に鉄壁の霊山。圧倒されながらも、守られている気持ちになる山です。
くにびき神話にも記される山でもあり、大国主命が国つ神を集め大山山頂で会議を開いたという伝承もあります。また、富士山山頂と大山山頂を結んだ直線上に出雲大社が鎮座するという謎と神秘を秘めた山でもあります。
地元に暮す私たちは、良き時もそうでない時も毎日必ず目にする山で、お守りのように親しみを込めて「大山さん」と呼びます。
開山は1300年ですが、大山は遥か太古の昔からこの伯耆の地で、雲をお越し雨を降らせ大地を潤し浄化し、様々な樹木を育み動物を養い、更に栄養分たっぷりの水を海へと注いで魚貝を養う。気の遠くなるような年月をかけて私たちに豊かな恵みを与えてくれる懐の深く大きな大切な「大山さん」です。
大山は中国山地へと繋がりますが、この辺りは手つかずの自然がまだまだ残っています。だからこその美しさと、人智の成しうることの出来ない働きの恩恵のあるところです。
あちこちに名水が湧きます。水がきれいで美味いと、山菜も野菜も米も美味しいです。米が美味しいという事は美味い酒が出来ます。酒の肴には日本海の味のしまった魚貝があります。
山陰は、山も海も豊かな美味し国です。
この尊い山の恵みを、未来へと繋げ届けたいものです。

大山の開山1300年の御祝いで、夏山開きの際に大山寺参道を松明行列が行われますが、
本年は、秋にも特別開催されます。1300年にちなみ1300本の松明が準備されるそうです。予定では9月30日。詳細は大山観光案内所まで。

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