日本画家・柳樂晃里モバイルHP&ブログ(島根県安来市)

島根県安来市在住の日本画家・柳樂晃里(なぎらこうり)NAGIRA KOURIです。たたら製鉄や日本刀などのテーマを中心に描いています。

日本画家・柳樂晃里 (Nagira kouri)


主テーマは「たたら製鉄」ですが、花鳥・生物・風景も私の大切な題材です。
;私にとって絵を描くことは、ご飯を頂くことや働くこと、眠ることと同じ様に、
ごく普通のこととして、私の日常の生活の中にあるもので、
出会った物事への感動や発見や感謝を綴った、いわば日記の様なものです。
私は、ありのまま自然体で、日本画の枠にとらわれずに
しかしながら日本画の持つ繊細さや奥行き、空気の流れを大切に
様々な表現を楽しみたいと制作を続けています。

柳樂香里・月ー奥出雲たたら場の遠景
作品「月ー奥出雲たたら場の遠景」


最新活動情報
 2018年4月 一般社団法人「アートシップインターナショナル」に入会しました
2019年9月 安来日本画友の会・会長に就任


第13回安来市美術展
開催において日本画部門の実行委員をつとめるかたわら出品予定です。
会期:2019年9月14日(土)~9月19日(木)
場所:安来市総合文化センター「アルテピア」
〒692-0014 安来市飯島町70
Google Map

TEL.0854-21-0101
観覧時間:9時~17時(最終日は16時30分まで)
交通アクセスページ

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日本画家・柳樂晃里190602加納美術館1
今日は、島根県安来市広瀬町布部にある加納美術館へお伺い致しました。
第二次世界大戦後の日本とフィリピンとの友好に尽力した洋画家加納莞蕾の山間の風情豊かな美術館です。
日本画家・柳樂晃里190602加納美術館2
音楽家をしている同級生の紹介で、こちらのディレクターさんとご縁が繋がり、今日はその新たなお友達にお会いする為と、午後から開催される対話型鑑賞会に参加させて頂く為、そして展示作品の鑑賞も勿論のことです。

そうしたら、お友達つながりで、更に新しいお友達が出来ました。なんて素敵な日でしょうか!ご縁に感謝して更に学ばせて頂きたく思います。
日本画家・柳樂晃里190602加納美術館3
日本画家・柳樂晃里190602加納美術館4
加納美術館は、写真撮影もブログ、SNSへの掲載も{どうぞ!}との事。
日本画家・柳樂晃里190602加納美術館5
日本画家・柳樂晃里190602加納美術館6
館長さんがとても楽しい方で、お話をしていたら「照明を5分だけ特別な照明に変えてご覧に入れましょう」と普段では見れない照明で見せて頂きました。
すると、作品の気迫が一気に解放されて、莞雷さんが一心不乱に絵を描いている姿が浮かぶようで、作品の魅力が更に強く伝わりました。良いものを見せて頂きました。
日本画家・柳樂晃里190602加納美術館7
日本画家・柳樂晃里190602加納美術館8
日本画家・柳樂晃里190602加納美術館9
また、対話型鑑賞会に参加させて頂き、とても勉強になりました。
鑑賞する側が、それぞれに自分なりの見方で、こう見える、実はこうではないか?とか、これは何を意味するものなのか?とか、作品を見て受けた印象や自分の思い、疑問などを自由に話し、また別の人の考えを聞いたりと、決めつけのない自由な対話をすることで、お互いが自分にない見方や思いを学べる、実に画期的な鑑賞会でした。なるほど!!と感心しきりでした。

これは、癖になりそうです。
日本画家・柳樂晃里190602加納美術館10
鑑賞の後、加納美術館の別館でお抹茶をご馳走になりました。
ふっくらと美味しいお点前でした。

※参考
加納美術館オフィシャルホームページ
日本画家・柳樂晃里190602加納美術館14

日本画家・柳樂晃里190602加納美術館12
日本画家・柳樂晃里190602加納美術館13

文中にもありますように、館内写真および作品写真などは加納美術館様の方針で写真撮影・サイト掲載などを観覧者が自由に行えるとのことで、先方のご承諾をいただいて掲載しております。

※上の横長の画像はすべてクリックするとPCは拡大画像がご覧になれます。(縦長のものはできません)

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日本画家・柳樂晃里1906011
※画像はクリックすると拡大画像がご覧になれます。
父の一周忌が過ぎ、やっと忌中明けをしました。

忌中の間の一年間に煮炊きしたものをきれいに片づけてから行うのが習わしですが、もうじき喪が明けようという時に、玄米ご飯を沢山炊いて冷凍庫に入れてしまったので、それを食べ終わるまでは忌中明けは延期になってしまったのです。文明の利器に阻まれました(笑)

忌中の間は喪の穢れを受けているので、その間の火を使ったものは喪の穢れがあるという神話の昔からの習わしですが、それは日本神話ばかりではなく、ギリシャ・ローマ神話の中にも似たお話があるのは興味深いです。

黄泉(冥府)の国へ逝ってしまった妻を連れ帰ろうと夫が黄泉(冥府)の国へ行くと、妻は「この国の食べ物を食べてしまったので、黄泉(冥府)の神に許しを貰わなければなりませんから、それまでこの国の入り口で待っていて下さい。」と夫に告げるのです。
そこのところが「火を違える」という習わしの発端のようです。
日本画家・柳樂晃里1906012
今朝はやっと火を使て煮炊きしたものがなくなりましたので、きれいなコップに水を汲み、塩と酒を入れて、浄めの為の水と竹の葉を用意します。竹の葉に浄めの水をつけて家の四隅、玄関、各部屋、水回り等、家の敷地中隈なく浄めて回ります。それから神棚に榊をお供えし、いつものように米、塩、水をお供えし、忌中明けの報告を神様にお伝えして、忌中明けの儀式完了です。

その後の「火」は新たなこの世の火になりました。
祖母の教えによると、忌中明けに使う水は、明け方の海の潮を汲んでくるのが正式なのだそうです。

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ホーランエンヤは島根県松江市に伝わる日本三大船神事のひとつで、松江城の城山稲荷神社式年幸祭の五穀豊穣を祈願する10年に一度の祭事です。
「豊来栄弥」あるいは「宝来遠弥」の字が当てられます。

本年令和元年は、正にその神事の年に当たり、地元では随分前から楽しみに盛り上がっています。
中には神事の船団が行く大橋川沿いの旅館やホテルを一年前から予約して、楽しみにしていらっしゃる方も大勢いらっしゃるそうです。

私は、テレビで中継を見ていました。
やはり、テレビの前で自然と畏まっていました。

ホーランエンヤは、370年の歴史があります。
起源は、1648年天候不順で凶作が予想された為、松平家初代藩主が五穀豊穣を願い、城山稲荷神社の社司を業務していた阿太加夜神社(あだかやじんじゃ)の神主・松岡兵庫頭(まつおかひょうごのかみ)に命じ、城内に祭られた城山稲荷神社の御神霊を、阿太加夜神社へ船で渡御させ奉り祈願し、見事祈願成就したことに始まります。それ以神幸祭(ホーランエンヤ)が行われることになったそうです。

ホーランエンヤは松江市城山稲荷神社から御神輿を船団で松江市東出雲町の阿太加夜神社へお運びする「渡御際」と、阿太加夜神社本殿にお迎えし舞を奉納大祈祷の「中日際」、再び船団で城山稲荷神社へ御神輿をお送りする「還御際」から成り、およそ10日間をかけて、五大地と呼ばれる大海崎、馬潟、福富、矢田、大井の地域の人々が一同に集まり、色とりどりの装飾をされた櫂伝馬船を漕ぎ出すこと、その総数100隻に及び、大橋川から意宇川にかけて勇壮華麗で壮大な水上絵巻が繰り広げられます。
中でも、歌舞伎を模した豪奢な衣装で揺れる船上の最先端で舞う「剣櫂」と最後尾で舞う「采振り」は、このお祭りの花形!息をのむ美しさです。更に一糸乱れぬ各船団の櫂の動きの美しさも必見!見どころです。
漕ぎ手と踊り手の強い信頼関係があってこそ成り立つものと感動します。

テレビ中継では、本番の華やかさばかりではなく、五大地の皆さんの一年前からの準備の様子や、日ごと夜ごとの厳しい練習の様子、伝統を守り繋げていこうとする熱い思いを紹介されていて、本番を迎えるまでの素晴らしい努力と裏方さんの偉大な力を知ることが出来、更に感動的でした。
ホーランエンヤは全て口伝で受け継がれ、370年の昔から今日まで続いています。口伝でなければ伝わらないものというところが、実は一番大切なところなのではないでしょうか?

参考
ホーランエンヤ公式ホームページ

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日本画家・柳樂晃里190522ツワブキ1
朝、洗濯物を干しに表へ出たらツワブキの葉っぱの上に、
なかなか良い面構えのアマガエル君!
コイツ、絵になる!!
日本画家・柳樂晃里190522ツワブキ2
さて、このツワブキ。若芽が伸びる今が旬の食べ頃ですが、地域によっては食べる習慣のないところもあるらしいのです。
私は・・というと、小さい頃から祖母が甘辛い煮物にして「お腹の薬になるんだよ」と普通に食べさせてくれました。
灰汁が強いので灰汁抜きに手間が掛かりますが、ほろ苦さが癖になります。

会社の友達に話したら、食べられることを知らない人ばかりでビックリでした。
私は食べ物と認識していたのですが、殆どの人は観賞用の植物としての認識でした。

けれど先日、奄美大島出身のお友達ご夫妻から、奄美でもツワブキを食べる習慣があると聞いて、なんだか嬉しく、ほっと安心しました。

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日本画家・柳樂晃里190413山椒の甘露煮1
前の記事と少々話が前後してしまいますが、「山椒の甘露煮」をつくりました。(令和の時代になる少し前です・・)
もちろん材料の調達から調理まですべて自前です。

まず山椒の若芽を摘みます。

そして酒、味醂、黒砂糖、醤油で甘露煮にします。
日本画家・柳樂晃里190413山椒の甘露煮2
油断をすると鍋が焦げてしまうので、弱火で根気強く、箸で混ぜながら炒り上げるようにして煮ます。
水気をとばして飴炊きにしますが、煮詰めすぎると冷めてから固くなって箸がたたなくなるので、そこの見極めが難しいです。ゆっくりと時間のある時でないと出来ません。
日本画家・柳樂晃里190413山椒の甘露煮3
お陰様で、見事に旨いヤツが出来ました。山椒の辛味が絶妙に引き立ちました。
あったか御飯にのせて食べると、ご飯がなんぼでも食べられます。
お酒もすすみます。
でも、沢山摘んだはずの山椒が豆皿一杯だけになっちゃいました。

父が好きだったので、先ずは仏壇にお供えします。

やっぱり手間をかけたものは美味しいです。
これは、速さや便利さを尊ぶ風潮の昨今では、負け惜しみの自我自賛なのかもしれませんが…。

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